「手 折 菊」の句を追って(第二巻・鳥の巻)

手折菊 第二巻は、東海道五十三次のそれぞれの宿場町を主題とした

風景画と発句の組み合わせからなっています。前文には次のような文

章が書かれています。

 此画図は、東武に再遊して 

 春の此帰郷するに、処々の佳景、

 眼に入心に染置し端々を、とし

 経て後、一片々々の画題となして、

 即吾妻の千里亭に託し、

 五十三次のむまやむまやに贈り侍りし

 草稿なり。是をこたび巻中に

 くはへて一咲を添る耳。

この画は、江戸方面を再び訪れて

春に故郷に帰る途中、所々の絶景を

眼に焼き付けていたものを、

年を経た後に、一つ一つの画題にして

千里亭に託し、

五十三次の駅々に送ったものの草稿である。恥ずかしながら、これを今回手折菊

の中に鳥の巻として加えてみた。


月に花にわたる世広し日本橋(日本橋)

 

品川や袖に打越す花のなみ(品川)

 

陽炎や大師の不思議川崎に(川崎)

 

神奈川や日永に絶ぬ道しるべ(神奈川)

 

下戸ならで焼もち坂の桃柳(保土ヶ谷)

 

夕霞引くや戸塚の高どまり(戸塚)

 

咲たりないはれも長き沢の藤(藤沢)

 

和らぐや花水通ふ橋の風(平塚)

 

何ぞ一羽立せて見たし春の暮(大磯)

 

小田原やうゐらう匂ふ宵朧(小田原)

 

手に乗せて関の戸越むすみれ草(箱根)

 

曙や花に乱るゝ鶏の声(三島)

 

老ぶらぬ千もとのまつや若みどり(沼津)

 

浮嶋の原や一はけゆふ霞(原)

 

吉原や桜にあけて富士しろし(吉原)

 

蒲原やよしあししらぬ芽出し時(蒲原)

 

玉ふくや由井の鮑の春日影(由井)

 

沖つなみおさまる春や清見潟(興津)

 

月やいづこ立待の名は朧にも(江尻)

 

しずはたや雲も動かず山ざくら(府中)

 

青海苔やまりこの汁の名に薫り(丸子)

 

雪解や朝ひな川の力越し(岡部)

 

藤枝や花の紐とく烏帽子岩(藤枝)

 

花に渡る嶋田は安し大井川(島田)

 

菊川や金谷に匂ふ根分時(金谷)

 

日坂や誰れかつむ手の蕨もち(日坂)

 

懸川や長閑に葛の秋葉道(掛川)

 

袋井や春日に光る鶴の札(袋井)

 

白雲や富士を見付のさくら時(見付)

 

浜松や和らぐ波も遠江(浜松)

 

舞坂や蛇籠に狂ふ糸柳(舞坂)

 

あらためて新居に花の波清し(新居)

 

白須賀や乾きも早き春の風(白須賀)

 

二川や花に契りの玉かしは(二川)

 

世の味やよし田の花に一夜客(吉田)

 

振袖の御油に引かれつ藤の暮(御油)

 

赤坂に灯しそへたり桃の花(赤坂)

 

和らぐや岡の雲母の夕日影(藤川)

 

跡さきは朧に橋のまだ長し(岡崎)

 

浮魚のちりふに踊る温みかな(池鯉鮒)

 

笠寺や花になるみの空しづか(鳴海)

 

乗合を宮に待せる日永かな(宮)

 

貝寄の風や桑名に舟上り(桑名)

 

神風の伊勢路へ靡く草若し(四日市)

 

三千とせの花暉きぬ石薬師(石薬師)

 

千世も尽じ宝の種の蒔あまり(庄野)

 

かげろふや戸ざゝぬ関のたから石(関)

 

咲たりな名も亀山に松の花(亀山)

 

花にぬるむ八十瀬の音や鈴鹿川(坂ノ下)

 

土山や降みふらずみ花の雨(土山)

 

土産にせん香も折そへて花がたみ(水口)

 

佐保姫の契りもかたき石部かな(石部)

 

名のりそやよもぎが島の姥が餅(草津)

 

画は嘘の念仏か花にひぢりめむ(大津)

つきにはなにわたるよひろしにほんばし

 

しながわやそでにうちこすはなのなみ

 

かげろうやだいしのふしぎかわさきに

 (弘法大師を祀る川崎大師)

 かながわやひながにたえぬみちしるべ

 

げこならでやきもちざかのももやなぎ

    (旧東海道にある焼き餅坂)

ゆうがすみひくやとつかのたかどまり

 

さきたりないわれもながきさわのふじ

 

やわらぐやはなみずかようはしのかぜ

 

なんぞいちわたたせてみたしはるのくれ


おだわらやういろうにおうよいおぼろ

 (仁丹によく似た薬で口中清涼・消臭に使用)

てにのせてせきのとこえんすみれぐさ

 

あけぼのやはなにみだるるとりのこえ

 

おいぶらぬちもとのまつやわかみどり

       (千本松原)

うきしまのはらやひとはけゆうがすみ

 

よしわらやさくらにあけてふじしろし

 

かまはらやよしあししらぬめでしとき

 

たまふくやゆいのあわびのはるひかげ

 (静岡県清水区・大名の泊まる本陣があった)

おきつなみおさまるはるやきよみがた

                (景勝地)

つきやいずこたちまちのなはおぼろにも

 

しずはたやくももうごかずやまざくら

 

あおのりやまりこのしるのなにかおり

 

ゆきどけやあさひながわのちからごし

 

ふじえだやはなのひもとくえぼしいわ

 

はなにわたるしまだはやすしおおいがわ

 

きくがわやかなやににおうねわきどき

 

にっさかやだれかつむてのわらびもち

 

かけがわやのどかにくずのあきばみち

 

ふくろいやかすがにひかるつるのふだ

 

しらくもやふじをみつけのさくらどき

 

はままつややわらぐなみもとおとうみ

 

まいさかやじゃかごにくるういとやなぎ

 

あらためてあらいにはなのなみきよし

 

しらすかやかわきもはやきはるのかぜ

 

ふたがわやはなにちぎりのたまかしわ

 

よのあじやよしだのはなにひとよきゃく

 

ふりそでのごゆにひかれつふじのくれ

 

あかさかにともしそえたりもものはな

 

やわらぐやおかのきららのゆうひかげ

 

あとさきはおぼろにはしのまだながし

 

うきうおのちりゅうにおどるぬくみかな

    (地名:池鯉鮒)

かさでらやはなになるみのそらしずか

 

のりあいをきゃくにまたせるひながかな

 

かいよせのかぜやくわなにふなのぼり

 

かみかぜのいせじへなびくくさわかし

 

みちとせのはなかがやきぬいしやくし

 

ちよもつきじたからのたねのまきあまり

 

かげろうやとざさぬせきのたからいし

 

さいたりななもかめやまにまつのはな

 

はなにぬるむやそせのおとやすずかがわ

 

つちやまやふりみふらずみはなのあめ

 

つとにせんかもおりそえてはながたみ

 

さほひめのちぎりもかたきいしべかな

(春の女神)

なのりそやよもぎがしまのうばがもち

             (草津の名物)

えはうそのねぶつかはなにひじりめん


「手折菊」第三巻(風の巻)に続く

     「菊舎の空」  https://kikusyanosora.jimdofree.com/ 

Translation

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